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 令和2年11月05日掲載

〔 Vol.18 :「ダグラスDC-8-30/50シリーズ、JAL初めてのジェット旅客機 (その1)」〕

 

日本での初めてのジェット旅客機の導入は、1960年7月DC-8-32型 JA8001 「FUJI」が最初であり、本項では、これら初期のDC-8を紹介します。
JALが最初に導入したDC-8は、ターボジェットエンジンを装備した -30シリーズ機が5機で、その後ターボフアンエンジンで長距離性能が向上した50シリーズ機を12機購入しています。
その後も日本航空は、長胴型 -60シリーズ機をリース機を含め20機以上を使用、JALは1972年まで556機製造されたDC-8シリーズ機で、最大手のユーザーであるユナイテッド航空に次ぐ最大のユーザーでもありました。
なお、別サイトである「アビエーションワールド」で、今回同様な趣旨でDC-8-61型、DC-8長胴型シリーズを紹介していますので、参考にしてください。

 
❖ ダグラス DC-8-32  45418/78 JA8001 「FUJI」 JAL {1965年 羽田空港}

日本航空が初めて導入したジェット旅客機「富士号」です。なお、この機体は記念すべきJALのジェット初号機であり、1974年に引退後も整備訓練機として使用され、1989年からは操縦席から前方ラウンジまでの機首部分だけが保存されており、現在でもJAL SKY MUSEUMの一角に展示されているようです。

 
❖ ダグラス DC-8-32  45418/78 JA8001  JAL {1975年頃 大阪空港}

伊丹空港に着陸するDC-8-32 JA8001ですが、導入時に塗装されていたJAL旧塗装は、その後の標準塗装「鶴丸」に変り、旧塗装時には機首に書かれていた愛称名、「「FUJI」等は書かれなくなりました。

 
❖ ダグラス DC-8-33  45421/113 JA8005 「MIYAJIMA」 JAL {1966年 羽田空港}

DC-8-33型は、-32型のパワーアップ、重量アップ型ですが、間もなくターボフアンエンジンの-50シリーズ型が開発されたことで、10機のみの製造でした。

 
❖ ダグラス DC-8-33  45421/113 JA8005  JAL {1975年頃 大阪空港}

JA8005「MIYAJIMA」が鶴丸の標準塗装になった後、伊丹空港での着陸です。

 
❖ ダグラス DC-8-33  45626/143 JA8006 「KAMAKURA」 JAL {1964年 羽田空港}

羽田空港R/W 15に着陸するJA8006です。

 
❖ ダグラス DC-8-33  45626/143 JA8006 「KAMAKURA」 JAL {1966年 羽田空港}

羽田で整備中のJA8006、エンジンカバーが取り外されており、ターボジェットエンジンJT-4Aの全体がよく分かります。なお、この機体はJALが5機導入したDC-8-30型の最終機で、1975年 に、-30型のラストフライト機となりました。

 
❖ ダグラス DC-8-53  45647/168 JA8007 「YOSHINO」 JAL {1966年 羽田空港}

JALが導入した最初のターボフアンエンジンDC-8-53型の初号機で、1962年に受領しています。

 
❖ ダグラス DC-8-53  45647/168 JA8007 「YOSHINO」 JAL {1966年 羽田空港}

1966年 羽田空港で行われた航空事故対応訓練にJA8007を使用した模擬の乗客避難訓練で、展開した脱出シュート、エンジンナセルに書かれたFANJETの文字が貴重でした。

 
❖ ダグラス DC-8-53  45420/93 JA8008 「MATSUSHIMA」(旧JA8003)JAL {1964年 羽田空港}

この機体が記録に残るのは、1966年6月ビートルズ一行の来日に使用され、到着時のJALのハッピを着た映像は今でも有名です。またこの機体は、就航後、間も無くの1961年4月、羽田空港への着陸時にオーバーランし、機首や主翼等を破損し中破となったが、ダグラス社での修理時、DC-8-32型であったものを、エンジンをターボフアンエンジンに換えたDC-8-53型へと改修した機体でした。 その際、登録上JA8003「箱根」であったものを抹消、JA8008「松島」として新たに登録したものです。

 
❖ ダグラス DC-8-32  45419/81   N420AJ(JA8002) {1965年 Van Nuys空港}
❖ ダグラス DC-8-33  45421/113  N421AJ(JA8005) {1965年 Van Nuys空港}

最後に参考ですが、1975年LAのVan Nuys空港に行った際、American Jet Industriesで見ることができた旧JAL機です。N420AJ機は、このあと、1976年のCalifornia National Air Races でのスタント「The HUMAN FLY」で胴体上に人が立ち、このJAL機塗装のままでモハービ空港をローパスする写真があり、今でも見ることができます。その後は貨物機に改造(DC-8-32F)され、1990年頃まで使用されていた記録があります。N421AJ機もその後の1980年頃には、ZantopやEmery Worldwide Airlines等で使用されていた記録があります

 

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