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 令和2年04月18日掲載

〔 Vol.12 :「国内線ジェット化の始まりとなったボーイング727-100 追記(その1)」

国内線ジェット化のきっかけとなったボーイング727-100型、海外での使用機も含め、更に紹介します。なお、別サイト、アビエーションワールドにも、同727-100型の紹介が特集されています、参考にしてください。

 
❖ ボーイング727-13C 19506/447 N692WA ワールドエアウェイズ{1968年横田基地}

1967年8月World Airwaysが領収、その後JALが1969年8月から1年間リースで使用した機体です。

 
❖ ボーイング727-22 18318/95 N7026U ユナイテド航空{1973年シアトル空港}

1964年United Airlinesが領収し、1990年にFedExへ売却するまで使用した機体で、写真の塗装はボーイングデリバリー時の塗装から、1967年頃から採用された4Star 727 Friendship塗装に変わっています。この後も成田でも見なれた赤青帯(Rainbow Scheme/Tulip) のユナイテド塗装に変わっていますが、ほぼ25年間も使用されていた機体で、727-100が非常に使い易かった機体であることが想像されます。

 
❖ ボーイング727-23 19184/282 N1909 アメリカンエアラインズ{1973年SFO空港}

AAが1966年領収した機体で1990年頃まで使用されました。この後1969年頃から採用されたAmerican AirlinesのこのBare metal基本塗装は、その後も変わらず2002年727が引退するまで同じでした。但し、機首に書かれたAstrojetの文字は、この当時初期のころだけでした。

 
❖ ボーイング727-22C 19091/280 N928UP UPS{1983年 ボーイングフィールド}

1966年United Airlines(N7403U) へデリバリーされ80年まで使用された機体で、その後は1982年から、このUnited Parcel Serviceで使用されていました。

 
❖ ボーイング727-51C 19206/294  N413EX エメリー・ワールドワイド{1986年頃オレゴン}

1966年Northwest Airlines(N495US)へデリバリーされ、1981年からは、この貨物航空会社Emery Worldwideで使用されました。

 
❖ ボーイング727-C3  20418/812  PP-CJEクルゼイロ航空{1986年リオ空港}

1971年 Cruzeiro do Sulに引渡された727-100型の機体です。ブラジルの大手航空会社であるクルゼイロ航空は、日本のYS-11を使用する等、南十字星の機体塗装ともに親しみがありましたが、1993年にVARIG航空に吸収合併され消滅しています。

 
❖ ボーイング727-027 19534/454 N765AS Alaska Airlines{1986年シアトル空港}

1967年ブラニフ航空(N7923)が領収、その後アラスカ航空が76年から使用(N293AS)していましたが、このレジは86年8月、売却(N100MU)前の短期間の使用のみでした。

 
❖ ボーイング727-30 18361/28  N18477 コンチネンタル航空{1990年名古屋空港}

Continental Micronesiaが日本各地とグアム路線を運行していた機体で、1992年頃まで使用、日本で最後まで見られた727-100による定期便でした。

 
❖ ボーイング727-22  18849/178  N727CD NMB{1985年 成田空港}

日本ミニチュアベアリング(NMB)は1984年にこの727-100型を購入、貨客混載型として東京本社(成田空港)とシンガポール工場間の部品の輸送と社員の移動用に定期便として運航していました。 運航は子会社のNMB Air Operations(NMB Minebea)が担当し、機体は1988年からはボーイング707、その後DC-10と変わり2002年まで運行していました。なお、この塗装は運航初期のもので、このあと白とブルー塗装に変わっています。

 
❖ ボーイング727-27 19535/456 N60FM Forbes Magazine{1983年ボーイングフィールド}

1967 年ブラニフ航空(N7924)が購入した機体で、83年から-96年まで フォーベス誌(Forbes -Capitalist Tool)が使用していた時の写真で、日本でも何度か見ることができた機体です。

 

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